ですから 私は自ら死を選ぶことは出来ないのです

母と祖母が亡くなったことを知った時

なぜ 一緒に死ねなかったのだろうと思いました

なぜ 一緒に居てあげられなかったのだろうと思いました

 

雄勝病院 鉄筋コンクリートの3階の病室に居て

どれだけ恐ろしかっただろうか

どれだけ苦しかっただろうか

 

津波が到達する間際

亡くなる寸前に何と叫んだだろうか

父の名を叫んだだろうか

孫の名を叫んだだろうか

私の名を叫んだだろうか

それとも 叫ぶことすら出来なかっただろうか

 

代われるものなら 代わりたい

私が死ねばよかったのに

大好きな母 大好きな祖母が

どうして 命を喪わなければならなかったのでしょう

 

震災後 私が二人の後を追うことが出来なかったのは

夫と子供が生きていたからです

それが 震災後の私が生きている理由です

亡くなってしまった母と祖母の分も

生きるという気持ちからではないのです

 

震災後 子供達は一生懸命私に笑顔を向けてくれました

楽しい話ばかりをしてくれました

津波で 家が流出し学用品も無くなったため

何かを買いそろえるたびにお礼を言うようになりました

修学旅行の準備を買いそろえた時も

出発の朝に

「 お母さん 修学旅行に行かせてくれてありがとう 」

そう言って 頭を下げてくれました

 

夫の勤めていた会社も被災しました

そんな中で 家族の生活を立て直そうと

想像しがたい苦労をしているはずなのに

口には出さず ずっと耐えていました

耐えて 耐えて 私と子供たちに笑顔で接していました

様々なことから 必死で家族を守っていました

震災後のあの状況の中でです

 

親を気遣う子供に助けられ

家族を気遣う夫に支えられています

 

ですから 私は生きなければならないのです

 

母はよく言っていました

「 人に迷惑をかけないように生きなさい 」

「 人の気持ちをよく考えなさい 」

 

ですから 私は自ら死を選ぶことは出来ないのです

 

大切な家族と一緒に生きています

ですから 二度と喪いたくはないのです

 

被災して初めて 被災後の生き方の難しさを知りました

自分と向き合う事の難しさを知りました

 

この様な思いは 

経験せずに済むのならその方が良いのです

知らない方が良いのです 

いいえ 知ってはいけない痛みなのです

 

ですから どうか皆さんは

ご自分の命を守ってください

大切な人と 命を守る相談をしてください

悲しむことが無いように

悲しませることが無いように

事前に 命を守る相談が出来るのは幸せなことなのです

 

私の思いを綴った記事ですが

皆様のお心に触れる何かがございましたら

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#語り部佐藤麻紀